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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)6590号 判決

原告 鈴木新一郎

被告 岩井文太郎 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、請求の趣旨

「原告に対して

(一)  被告岩井は昭和二三年一二月三一日現在における大森第三中学校建設促進協力会の収支計算を

(二)  被告中松は昭和二七年一〇月一四日現在における同会の収支計算を

報告せよ。

訴訟費用は被告等の負担とする。」

との判決を求める。

二、請求の原因

(一)、原告は、東京都大田区立大森第三中学校建設促進協力会の組合員及び役員であり、被告岩井は協力会の発足以来昭和二三年一二月三一日まで会長であつたものであり、被告中松はそれ以後引き続き会長の地位にある。

(二)、この協力会が結成された事情はつぎのとおりである。

大森三中は昭和二二年四月大田区入新井第二小学校校舎の一部を仮校舎として開校したもので、その当時としては、独立の校舎を建設することが最も急を要する重大問題であつた。かくて、その後大田区新井宿四丁目に四千坪の土地が選定され、その一部に昭和二三年度の予算で一〇教室を建て、昭和二四年度に完成する計画が立てられた。しかし、土地の買収、土地占有者に対する立退請求等当局だけでは早急に解決できない問題が山積していたし、建築費の外校具、備品購入費その他公の予算ではまかない切れない支出にも迫られるような事情にあつたので、当局の建設計画の具体化に呼応して校舎の建設に協力し、これを促進するために、昭和二二年四月地元有志により、協力会がつくられるに至つたのである。

(三)、協力会の法律上の性質は民法の組合であつて、(イ)三中の校舎敷地の買収、替地の提供又は斡旋、敷地占有者に対する立退の交渉、(ロ)校舎建築費、土地買収費及び校具、備品の購入費等の補助をその目的事業とし、地元民有志を構成員とする。この目的を達成するために、地元民から総額五〇〇万円の寄附金を募集することを決定し、会の運営につき会長岩井以下の役員がおかれ、会長は会を代表してその業務を統轄し、会務全般の責任者となり、副会長は会長を補佐し、会長に事故がある場合これを代行することとなつており、以下各役員はそれぞれ担当事務につき責任を負う組織になつている。

(四)、その後昭和二三年九月、会では寄附金の募集に着手すると同時に、所期の目的に向つて活動し始め、校舎は予定どおり昭和二四年一〇月に完成された。この間会の活動が盛んになるにつれて収支の金額も多額に上つたがその支出に関して副会長杉本仲蔵が一九万円を不正支出した件の外、多数の不正行為があるという疑惑がいだかれるようになり、特に副会長杉本に対しては原告から東京地方検察庁に告発をしたのであつた。これらの件については再三組合員により査問委員会も開かれたが、経理の報告は行われず、昭和二十五年七月会は解散して新たに大森三中P・T・Aに事務を引きつぐことに決定し、このため五人の委員が選出されたのであるが、ついに今日に至るまで収支の計算報告は一度も行われなかつたのである。

(五)、被告岩井は前記のとおり昭和二三年一二月三一日まで会長として組合の業務を執行したものであり、被告中松は被告岩井が辞任したあとを承けて会長となつて業務を執行したものである。原告は組合員及び役員として、被告岩井に対しては、同人の辞任の日である昭和二三年一二月三一日現在における協力会の収支の計算報告を、被告中松に対しては同人が会の集めた寄附金を前記大森三中P・T・Aの会長に引きついた日である昭和二七年一〇月一四日現在における協力会の収支の計算報告を、それぞれ為すことを求める。

三、被告の答弁及び主張

(一)、主文と同趣旨の判決を求める。

(二)、原告の主張事実は、協力会が組合であること及びこれを前提とする部分、並びに計算報告がされていないということを除いてすべて認める。ただし、不正行為と称することも、杉本が不当に支出したといわれる一九万円については査問委員会でもその不当支出の部分を確定できず、昭和二四年二月役員会の席上で杉本及び会計委員が辞任し、会としても同人等の学校建設についての努力を認めてそれ以上責任を追求しないことに出席者一同賛成したのであり、原告の告発事件も不起訴となつて、検察審査会もまたこれを相当とする裁決をして落着しており、その他役員が事後承認をしているため必しも不当支出といえないものもあるのであつて、要するに今さらとり上げて問題とする程のことはないのである。

(三)、協力会が民法上の組合でないことは、つぎの点からいつて明らかである。

(イ)、組合は、これを構成する組合員の数及び氏名が明確でなければならないが、本会においてはこの点全く明確でなく、会の趣意書に記載された氏名も、組合員ではなくして、その大部分は寄附を求めようとする有力候補者の目じるしに過ぎない。

(ロ)、会においては、何人も出資義務を負担せず、出資の額及び種類の定めもない。会員が会のために働いたのは、出資として労務を提供したのではなく、労務の寄附すなわち贈与の性質を有するものである。

(ハ)、会には業務執行に関する定めがない。すなわち理事と名づけられたものは多数あつても、単に名称だけで、具体的事務の委任関係もなく、その数も不明である。原告等一部のものが大森三中校長長谷部三郎の依頼により敷地の買収、借地権の買収、寄附の勧誘等を取り扱つたもので、これ等の人々に対し一般協力者からの委任関係は存在しない。

(ニ)、会には、組合財産というようなものは全くない。かの寄附金のごとき一銭たりとも会に帰属せしむべきものではなく、残余財産の分配に関する規約もない。寄附金のうちから各種の支出をして残余をP・T・Aに引き渡していても、前記(イ)(ロ)(ハ)の要件を欠いているから、組合関係は成立しはしないし、会員の何人も会のために金銭又は労務を出捐したものはない。寄附勧誘に要した雑費は立替金であるから弁済を受けるのは当然であるし、また土地家屋の買収費等の支出は寄附金そのものではなく、寄附金をこれ等の経費に変形して寄附したものと解すべきで、会の収支計算を組合計算と同視することは、寄附の本質を解しない議論である。

(四)、また、被告等は、昭和二八年一〇月一五日会の寄附金に関する収支計算書及び会計報告書を関係者に発送してある。この点からも、さらに収支の計算報告を求められるいわれはない。

四、原告の反駁

(一)(イ)、被告は、協力会々員は出資義務を負担しないと主張するけれども、組合の出資が労務をもつてなされ得ることは法の明かに定めているところであり、本会の各組合員の出資はもとより労務の出資である。これがあつてこそ、本会の目的も達成されたのであつて、他の組合員はもとより、原告が長年家業を抛つて手弁当で敷地の獲得に努力したごときは正にこれに当るのである。

(ロ)、協力会においては、その集めた寄附金その他の収入がすなわち組合財産である。それ故にこそこの寄附金をもつて協力会の業務執行に必要な経費を支弁しているのである。

(ニ)、被告等主張の頃報告書が提出されたことは認めるが、その収入の部の寄附金が各人別でないから真実の寄附金は不明であり、特別寄附のうちには記載洩れがあり、支出の部においては、いかなる種類の費用であるか不明のもの、記載洩れのもの、計算にくいちがいのあるもの及び不正支出であつて承認できないものが多数ある。要するにこれは真実に合致しないものであつて、到底これをもつて真の収支計算の報告と目することはできない。それ故、被告等は、これにより、会の収支計算の報告をする義務を免れることはできない。

五、立証

〈省略〉

理由

原告主張のような目的と組織を有する大森第三中学校建設促進協力会の法律的性格は組合か権利能力なき社団か或は無名契約の外に出でないものと解すべきところ、そのいずれの場合であつても、業務執行者たる会長は会員より会の収支計算の報告を求められたときはこれに応ずべき義務があるものといわねばならない。

けだし、組合であるとすれば民法第六七一条が受任者の報告義務を規定する第六四五条を準用しているし、権利能力なき社団又は無名契約であるとしても、会長と会員との関係は事務処理の性質上委任に基ずくかこれに準ずるものと解するの外なく、従つて、会長は受任者として報告義務を免れないものであるからである。

而して、被告等がその主張の頃、本件協力会の会計報告をしたことは原告の争はないところであるが、原告はこの報告書は事実に即しない記載があるから、これを以て被告等の報告義務が履行されたものとはいわれないと主張する。然し、この報告は受任者として善良な管理者の注意をもつて業務の執行をしたかどうかを明らかにしその責任の存否を判断する資料を委任者に提供するものに外ならない。それゆえ、一度この報告書が提出されたからには、それが報告書として全然体を成していない場合は別として一応収支の状況等を明らかにしている以上、その内容に脱漏又は不実の記載があつたとしても、被告の義務は履行されたと見るべきである。従つて、委任者としては、報告が事実に副はない点を指摘し受任者の責任を追求するのは、自ら別のことに属するものである。

ところで本件の場合において、被告両名の提出した報告書が協力会の収支の計算を一応明示していることは成立に争のない乙第二ないし第一五号証の記載と、口頭弁論の全趣旨から見て、まことに疑いのない事実であるから、被告等の報告義務は既に履行されたものといわねばならない。してみれば協力会の法律的性格及び右報告書が果して事実に合致するかを審究するまでもなく原告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡部行男 太田夏生 宮本聖司)

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